マイホームを買う前に読んで安心Q&A⑲
借上社宅で従業員が自殺した場合の会社の責任
Q.Xは,所有のマンションの一室をいわゆる借上社宅として株式会社Yに賃料月額4万8000円で賃貸し,Yの従業員Aが住居として使用してきていたところ,Aがその貸室内で自殺したため,新たな賃借人に賃料月額2万8000円で貸すほかなくなりました。XはYに損害賠償を請求したいと思いますが,認められるでしょうか。
A.Yは,Xに対し,賃貸借契約上の債務として,善良なる管理者の注意をもって貸室を使用し保存すべき債務(民法400条)を負っており,その債務には,貸室につき通常人が心理的に嫌悪すべき事由を発生させないようにする義務が含まれる。そのYの債務について,履行補助者Aが貸室において通常人が心理的に嫌悪すべき事由たる自殺をしたことにより,Yには債務不履行があったものと認められ,Xは,Yの債務不履行によって,少なくとも2年間について1年当たり24万円の得べかりし利益を喪失するという損害を受けたということができるとして,損害賠償請求を認めた裁判例(東京地判平13.11.29ウエストロー)があります。
1 善管注意義務・用法遵守義務
債権の目的が特定物の引渡しであるときは,債務者は,その引渡しをするまで,契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らして定まる善良な管理者の注意をもって,その物を保存しなければならない(民法400条)とされています。これを,債務者の善管注意義務といいます。また,賃借人は,契約または目的物の性質によって定まった用法に従って使用・収益しなければなりません(民法616条,594条1項)。これを用法遵守義務といいます。賃借人がこれらの義務に違反した場合は債務不履行となって,賃貸人は,違反行為の差止めを請求し,損害賠償を請求することができます。この損害賠償請求は,返還を受けた時から1年以内にしなければなりません(民622条,600条)。
2 履行補助者の故意・過失
履行補助者とは,債務者がその債務を履行するについて,債務者を補助して履行に従事する者をいい,履行補助者に故意・過失があれば債務者の故意・過失と同視されます。賃借人のように目的物を利用する権能を有する者が,目的物の利用について補助者(家族等)を使用する場合も同様で,利用補助者の故意・過失は債務者の故意・過失と同視されます。たとえば,建物の賃借人が賃貸人の同意を得て第三者に転貸していたところ,転借人の過失でその建物が焼失してしまった場合,賃借人(転貸人)は,自己の過失についてと同様の責任を負います(大判昭4.6.19民集8.675)。この履行補助者(利用補助者)の故意・過失の理論に従えば,借上社宅の賃借人である会社は,入居している従業員の故意・過失行為について責任を負うことになります。
3 瑕疵の消滅期間と損害額
この事案の裁判例では,大都市である仙台市内に所在する単身者用のアパートの一室での自殺事故は,2年程度を経過すると,瑕疵と評することはできなくなり,他に賃貸するに当たり,本件事故があったことを告げる必要はなくなるとして,2年間について1年当たり24万円の損害(合計48万円)が認められましたが,賃貸不動産の心理的瑕疵の消滅期間(賃料減額期間・告知期間)を3~4年間とした裁判例があります(東京地判平22.9.2判例時報2093-87,東京地判平19.8.10RETIO.73-196,東京地判平5.11.30RETIO.28-2など)。国土交通省の「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」では,賃貸借取引の場合は,原則として,事案発生から概ね3年間が経過した後は,賃借しようとする者に,自殺があったことを告知しなくてもよいとされています。
4 借上げ社宅の合意解約日前日に入居従業員が自殺した事案の裁判例
株式会社Yは,社員寮として従業員を入居させる目的で,X所有の建物の一部を賃借し,従業員Aを入居させていたが,Xは,建物の朽廃を理由として,建物を取り壊し,その敷地を更地にして売却することを想定して賃貸借契約の解約申入れをし,Yがこれに応じたので,賃貸期間を平成16年3月31日までとする合意解約が成立したが,賃貸借契約の解約日前日に入居者Aが建物内で自殺したため,Xは,2150万円で予定していた買主への売却ができなくなり,別の買主に1500万円で売却せざるを得なくなった。そこで,Xは,Yに対し,賃借人は,明渡し債務に付随して,明渡しが円滑に行えるようにする債務又は本件貸室の明渡しが終了するまで,その建物に入居させていた従業員が本件貸室内で自殺しないように配慮する義務を負うのに,この債務の不履行又は不法行為によって生じた損害であるとして,差額650万円余の損害賠償等を請求したという事案について,「基本的には,物理的に賃借物の返還があれば賃借人の債務の履行としては十分であり,心理的あるいは価値的に影響を与えるような事由についてまで付随義務として認めることは加重な債務を負担させることになる」とした上で,「本件貸室の賃借人であるYにおいて,土地の価格が下落しないように,その従業員が本件貸室内で自殺しないようにすべき注意義務があるとまで考えることは相当ではない」から,Yは,「本件賃貸借契約に基づく返還債務に付随義務として従業員が本件貸室内で自殺しないように配慮する義務を負わない」とし,「本件土地の売却価格の低下分の損害について責任を負うことはない。」とした裁判例(東京地判平16.11.10ウエストロー)がありますので,こちらの裁判例も参考にしてみてください。
ご不明な点がございましたら、明海大学不動産学部までご確認ください。
(明海大学不動産学部 有嶋咲)