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マイホームを買う前に読んで安心Q&A㉑

賃貸マンション売買契約後・決済前の入居者自殺と危険負担

Q.XはYから,各階5部屋(ワンルーム)の2階建て共同住宅を,土地付きで8,680万円で購入し,平成20年2月18日,Xは,Yに対し,本件売買契約の残代金8430万円を支払い,Yは,Xに対し,本件土地建物を引き渡すとともに所有権移転登記手続をしました。ところが,本件共同住宅の一部屋の賃借人Aが,平成20年2月13日ころ,居室内において首を吊って縊死しており,売買決済日の平成20年2月18日に発見された後,同月19日にYに,同月21日にXにそれぞれ知らされました。そこでXは,Yに対して,売買契約書の「引き渡し前に火災,地震等の不可抗力により滅失又は毀損した場合は,その損失は売主の負担とする」という特約に従って,不当利得返還請求権に基づき,381万520円及びこれに対する催告後である平成20年4月23日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めましたが,認められるでしょうか。

A.この事案について,裁判所は,次のように判示しています(横浜地判平22.1.28判タ1336.183)

 「本件条項は,民法534条1項の定める債権者主義を修正し,本件土地建物の引渡しに至るまでは,危険負担を被告の負担とする債務者主義による旨の規定と解すべきであって,「火災,地震等」とあるのも物理的滅失や毀損に限定する趣旨ではなく,本件自殺のような本件土地建物の品質や交換価値を減少させる場合を含むと解するのが相当である。」

 「Yは,本件土地建物の引渡後に本件自殺が発覚したことを理由に,本件自殺による毀損は引渡後に発生したと主張するが,本件自殺のような心理的瑕疵は,毀損の評価において通常人の心理に依ってはいるものの,毀損自体は評価を待たずして発生するものというべきであるから,かかる評価の原因たる事実が既に生じた以上,当該事実の発覚を待たずして毀損が生じるというべきである。」

 「証拠(鑑定の結果)によれば,本件自殺による本件土地建物の交換価値減少額は381万520円であると認められる。」

 「Xは,本件賃貸借契約上の賃貸人の地位を承継しているところ,本件自殺に関して本件保証人から50万円を受領したほか,本件賃貸借契約により引き継いだ敷金7万円についても返還を免れていることが認められる。Xは,これら金員について,クリーニング代金,供養費用,梯子修繕費用及び慰謝料の賠償として受領したものであって,本件自殺による交換価値減少を填補するものではない旨主張するが,かかる原告の主張を認めるに足りる証拠はない。そうすると,本件自殺によるXの損失は,これら合計57万円によって一部填補されたものと認めるのが相当である。」から、「本件自殺によるXの損失は,381万520円から57万円を控除した324万520円となる。」

1 売買における危険負担

 地震によって物が壊れた場合など,不可抗力によって損害が発生した場合には,その物の所有者が損害を担うのは当然のことです。では,その物を売るという約束をしていたときはどうなるでしょうか。売る約束をしていた物は壊れてしまったけれども,代金は約束通り買主からもらえるでしょうか?もらえるとすると,不可抗力による損害は買主(債権者)が負担することになるので,危険負担の債権者主義といいます。滅失してしまえば代金をもらえず,損傷していれば代金を減額されるとすると,不可抗力による損害は売主(債務者)が負担することになるので,危険負担の債務者主義といいます。

 2017(平成29)年の改正前の民法は,債務者主義を原則(旧民536条1項)としつつも,例外的に,特定物に関する物権の設定又は移転を双務契約の目的とした場合については,債権者主義を採用していました(旧民534条,535条1項,2項)。しかし,目的物の引渡しを受けず,自己の支配下にも置いてもいない買主(債権者)に過大なリスクを負わせるもので不当であるとの批判が強く,不動産売買の実務では,Q.にあるような特約をつけるのが一般化していたため,平成29年の改正で例外的に債権者主義を定めていた規定は削除され,「当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは,債権者は,反対給付の履行を拒むことができる。」と規定されました(新民536①)。したがって,現在では,そのような特約がなくても,当事者双方の責めに帰することができない損害は売主(債務者)が負担しなければなりません。

2 所有者危険の移転

 問題となるのは,不動産の売主(債務者)は,目的物の滅失・損傷について,いつまで危険を負担しなければならないかです。改正後の民法は,「売主が買主に売買の目的として特定した目的物を引き渡した場合において,その引渡しがあった時以後にその目的物が当事者双方の責めに帰することができない事由によって滅失し,または損傷したときは,買主は,その滅失又は損傷を理由として,履行の追完の請求,代金の減額の請求,損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。この場合において,買主は代金の支払を拒むことができない。」(新民567条1項)と規定しています。「引渡しがあった時以後」は,危険の負担は買主(債権者)に移転するとされたのは,目的物の支配が売主から買主に移転した後は,買主が危険を負担するのが公平だからです。

 以上により,この裁判例の判決後に改正された新民法のもとにおいても,売買契約後・決済前に入居者が自殺して心理的瑕疵が発生した本事案の場合には,売主(債務者)がその損害を負担しなければならないので,本件土地建物の交換価値減少額381万520円は売主の負担となります。

 ご不明な点がございましたら、明海大学不動産学部までご確認ください。

(明海大学不動産学部 有嶋咲)