
マイホームを買う前に読んで安心Q&A㉟
住宅の歴史を学んでみよう
前回、都市の未来の姿の話をした。マイホームの周りの様子が変わっていくことのように書いたが、もしマイホームを、新たに建てるのだとしたら、あるいは購入した中古住宅を外観が変わるぐらい手直ししたら、それは、その地区の街並みを変えることに自ら関与することになる。都市部にある住宅の場合、外観は、内部の空間と独立させることは難しく、住宅の外観は住宅内部の間取りと対応してくる。住宅のデザインを考えるということは、間取りを含んだものになる。どのような材料を選んでいるのか、庭や道路との関係を作り出す配置も関わってくる。地域の姿と密接にかかわる住宅のデザインは、どのように考えたらいいのだろうか。
Q:自分のマイホームのデザインについて、何を手掛かりに考えたらいいですか?
A:日本の住宅の歴史の本を一冊読んでみましょう。
住宅について特に学んだ経験がないと、何を手掛かりに考えたらいいのか、戸惑うのではないだろうか。不動産情報誌(サイト)を見れば、間取りについてのアドバイスがたくさんあるだろう、環境対策が厳しくなっていて、省エネ機器や高断熱のサッシなどが大事だろう、など、人それぞれに信頼する情報源や確信を持っている住宅デザインの要点があるかもしれない。家族の姿と間取りの関係は大事な視点である。三世代、核家族、二人世帯、単身世帯など、家族の姿で、必要な室数は変わるし、同じ家族の姿も時間とともに変わっていく。在宅ワーキングが突如クローズアップされたコロナ禍の時期においても、どのように自宅でオフィスワークをするかという観点で間取りに関心が集まった。また、今の時代、環境対策は重要である。環境性能表示により、住宅同士の差が明瞭に示される。デザインの結果として、性能に差が出てくるのであるが、ならばデザインは複雑でわかりづらいので性能を見ればよい、と考えるかもしれない。環境性能だけでなく、防犯や耐震性など様々な観点で、住宅は性能で見ることができるようになっている。
数値化された性能でデザインをみるという考え方もあるが、別の視点も持ちたい。それは、住宅のデザインは、住宅らしい姿も目指しているということである。住宅らしいということを、二つの観点から考えたい。一つは、人々が住宅というものに期待している、許容できる姿である。もう一つは、その時点の現実的な建築材料を使いながら、災害に耐え、地域の気候や歴史・文化と調和している、ということである。
私たちは生まれ育つ中で身に着けた経験から、住宅に使い勝手や当たり前の姿をそれぞれに期待している。親の世代と子供の世代でもう違ってくる。例えば、畳はどうだろう。授業の中で時々、学生に自宅に畳間がある人は?と問い挙手をさせるのだが、だんだん減ってきている。畳への愛着、畳サイズで部屋をとらえる感覚は少しずつ失われてきているように感じる。畳の有無で、その部屋の他の部分のデザインは変わってくるし、畳のある部屋の数で、全体的な意匠(和風洋風といった違い)も変わってくる。畳に限らず、様々な部分に、私たちは経験の中で身に着けた住宅の姿への期待を持っている。住宅のデザインにおいて、そのような習慣を裏切らないようにすることが重要である。しかし、その習慣は畳のように時とともに変わっていく。
材料や構造も、地域、時代によって大きな違いがある。気候は材料に影響を与え、また日当たり、採光、通風といった住宅の内部と外部の関係の取り方に影響を与える。伝統的な住宅は気候に大きな影響を受けてきた。材料の流通、設備技術の高度化によりその影響は弱まっていたが、環境性能の重視は気候の影響を改めて強めている。
限られた地域であるが、地区単位で、伝統的な様式の住宅が多く残されている場合には、その様式と調和することが求められる。伝統的と意識するほどではなくとも住宅地として景観を重視し、計画当初の姿を維持してきた地区においては、周囲との調和を意識する必要がある。普通のものと思っていた昭和の、平成の住宅のデザインが地区の規範としての価値を持ち始めているのである。
住宅らしさは変化する。その変化について理解するために、なにか一冊、日本の住宅の歴史を扱った本を読んでみるとよい(*)。私たちの現在の生活に直接的に影響があるのは近代の日本の住宅の歴史なので、近代以降(住宅の歴史では明治以降)のことまで扱われているものがよい。そこには、明治期、大正期に、それまでの住宅に、新しい技術(欧米の建築技術と近代の建築技術というふたつ意味がある)が導入されてきた過程、また昭和期の戦災からの復興や、都市化の進行の影響による生活スタイルの変化に応え住宅の姿が変わってきた過程など紹介されている。技術や社会背景の変化の中でも変わらなかったこともある。間取り図や外観の図や写真とともに紹介されるので、楽しい読書体験になるはずである。
自分のマイホームのデザインについて考えるとき、ぜひ、自分なりに住宅らしさを考えてほしい。その住宅らしさは、どんな背景のもとで成立してきたのかを知っておくことで、その土地に今相応しい新しい住宅らしさをもったマイホームを、設計者との対話の中で作り出せると思う。
*例えば、たくさんの図入りでわかりやすい本としておすすめなのは
平井聖 「改訂版 図説 日本住宅の歴史」学芸出版社 2021
内田 青蔵・大川 三雄・藤谷 陽悦編著 「新版図説・近代日本住宅史」鹿島出版会 2008
など。
ご不明な点がございましたら、明海大学不動産学部までご確認ください。
明海大学不動産学部教授 齋藤 千尋